kyokoさんの気ままな時間

ほっと一息・・・愚痴をこぼしたい時もあるさー、日常から逃げたい時もあるさー 

19回目の1・17  

今年もまたこの日がめぐってきました
あの朝から19年経ったのですね

もう19年、まだ19年、やっと19年
思いは人それぞれでしょう
今年の新成人は震災の記憶がないんでしょうね

我が家の次男も震災当時1歳半ほどでしたから
その記憶はありません
こうやって震災後世代が増えていくにつれ、月日が流れるにつれ
忘れられていくのかもしれません


我が家でとっている新聞の震災当時のコラムから・・・

1995年1月21日付(阪神・淡路大震災)
震災五日目の朝を迎えた。余震の恐怖、しみわたる寒さ、乏しい食糧に耐えて朝が来た。目に入る光景はむごく、悲しく、つらいけれど、全国からの救援の手と励ましの声を添えて、朝が来た
支援の輪が広がっている。自治体をはじめ県内各地からの救援は早かった。西播磨にある母親クラブは、激震直後に声を掛け合って炊き出しをし、おにぎりおにぎり一つ一つに激励メッセージを付けて送り出してくれた。生理用品、紙おむつ、使い捨てカイロなど、お母さんたちならではの心遣いがうれしい
但馬や丹波の子供会、自然学校などの交流グループからも続々と物資が。鉛筆、ノートも入っている。海水浴で、スキーで一緒に過ごした仲間の顔を浮かべてしのばせてくれたのだろう。今はお礼を伝えるすべもないが、みんな友情をかみしめている
全国からも、復旧班が、医療チームが、物資輸送車両が、義援金が到着中だ。スイスを先陣に海外の支援も加わった
本当に心強いが、水も食料も医薬品も、まだ不足。避難所で暖をとる手段はないものか。仮設トイレも欲しい。目の不自由な人には音による情報を、耳に障害はある人にはファックスなど文字情報を。少しでも不安を取り除きたい
被災住民も助け合っている。声をかけて乏しい食料を分かち合い、整然と給水の列に並ぶ。小さなトラブルはあるかも知れないが、冷静で勇気ある姿は世界の称賛の的だ。自信を持とう。希望を持ち続けよう。私たちは孤立していない。


幸いなことに我が家はみんな無事でだったし、職を失うこともなかった
ライフライン復旧までに生活上の不自由はあったけど・・・
でも、命があり、住むところがあり、仕事があり
だからこそ今の生活があります

スイッチ一つで電気が付き
レバーひとつで水が出る
毎日朝が来て夜が来る
そんな当たり前がなんて幸せなことか、1・17が来るたびにそう思います

これを読んだ方が、読んだその時だけでも震災を思い起こしていただければ幸いです


本日は仕事のため予約投稿です
コメント

No title

当たり前の生活ができる幸せ。
普段は思いもしないことです。
振り返り、
思い出し、
そして前を向いて進んでいく。
人のつながりが支えてくれてるんですね。

あの日こちらは被害というほどのことはなかったですが
それでもあの揺れの恐怖は忘れられません。

カレン #Z5QBPsx6 | URL
2014/01/17 08:37 | edit

No title

あの日あの時私は、目覚し時計が鳴ったのに、まだ起き上がれなくて、
お布団の中で起きなくちゃ、このまま寝たら大変なことになるぞと、
自分と戦っている真っ最中でした。
長い揺れの中、別の部屋で寝る娘達と、階下の父に大きな声で
呼びかけたのを覚えています。
手すりを持たないと廊下が歩けなかった。
きっと大阪が震源だと思いましたが、時間とともにテレビに映し出される
神戸のものすごい光景に恐怖を覚えました。
自分には守らなければならない命がある事を、改めて自覚した日です。

近い将来、南海トラフ地震が起きるでしょう。
それがいつなのか、どんな規模でどんな被害を受けるのか。
怖い怖いと言いながら、実際には何の覚悟も出来ていない自分がいます。

りきまる母 #xHefrjKs | URL
2014/01/17 12:56 | edit

No title

こんばんは。あの朝の揺れは、今でもはっきり覚えてます。
県北部豊岡でもあれだけ揺れたのは、後にも先に経験ありません。
いつもならまだ寝てる時間でしたが、すぐ目が覚めました。そしてNHK
を点けたら県南部が大変な事に。

まるで戦場のような光景が。全国に自慢できる美しい街・神戸の変わり
果てた光景でした。

あれから19年。我家の長男はこの年に生まれました。まだお腹にもいなか
ったと思います。今はのんびりのほほーんと暮らしてますが、この日が来る
とやっぱりいろいろと考えてしまいます。

kainaka #- | URL
2014/01/17 19:21 | edit

カレンさんへ

毎日朝が来て夜が来る、毎日ご飯を食べる、寝る、トイレに行きたいときに行く
そんな当たり前が当たり前じゃなくなりました
だんだん防災意識が薄れていってることを反省・・・
今日、防災グッズを再点検しました

母はあのぼろアパートでは死んでいるだろうと思ってたそうです
私も、よく倒壊しなかったなあと思いました

命があったことに、当たり前の生活に感謝です

kyoko #- | URL
2014/01/20 20:23 | edit

りきまる母さんへ

あの日のことは話し出すと長いのですが・・・
地響きか、地鳴りか、突然突き上げるような縦揺れにただ事ではないと
とっさに私が次男に、夫が長男に覆いかぶさり
声を掛け合いながら長い揺れに耐えました
別に前から申し合わせていたわけでも何でもないのですが
自然とそれぞれに覆いかぶさりました
親が子を守るのはまさに本能ですね

あれから19年の月日が流れ、だんだん防災意識が薄くなっていくのを反省
今日、防災グッズを点検
まだまだ不十分ですね
おいおい追加していきたいと思います

kyoko #- | URL
2014/01/20 20:31 | edit

kainakaさんへ

あれから19年という月日が流れ、今年の新成人は震災の記憶がないことに改めてビックリ
私自身、毎日震災のことを考えているわけではないのですが
1月になり、この日が近づくといろんなことを思い出します

震災後しばらくしてJRに乗ったとき
車窓から見た変わり果てた神戸の街に愕然としました
あの日を境に当たり前の生活が当たり前でなくなりました

19年経った今でも、仕事に行かねばならなかった私の背後で泣き叫ぶ長男の声が忘れられません

kyoko #- | URL
2014/01/20 20:39 | edit

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